東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2284号 判決 1968年8月10日
申請人 船崎信弘
右訴訟代理人弁護士 宮里邦雄
<ほか二二名>
被申請人 三協工業株式会社
右代表者代表取締役 本郷武雄
右訴訟代理人弁護士 鈴木靖生
<ほか二名>
主文
申請人の申請を棄却する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実
一、当事者双方の求める裁判
申請代理人は、「申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。被申請人は申請人に対し昭和四一年二月以降本案判決確定に至るまでの間毎月一〇日限り金三二、四六一円を仮りに支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請代理人は主文同旨の裁判を求めた。
二、申請の理由
申請代理人は次のとおり述べた。
(一) 被申請人は、井戸工事、ポンプ販売を業とする株式会社であり、申請人は、昭和三七年三月一七日、被申請人に雇傭され、被申請人の東京営業所に勤務し、営業を担当していたものである。
(二) 申請人の平均賃金月額は昭和四一年一月一〇日当時三二、四六一円であり、賃金は毎月末日締切りで翌月一〇日に支払われていた。
(三) しかるに、被申請人は申請人を前記一月一〇日に解雇したとして申請人の就労をこばみ、その地位を争い、同年二月以降の賃金を支払わないから、申請人は、被申請人に対し、労働契約上の権利存在確認を求める本案訴訟を提起すべくその準備中であるが、申請人は賃金のみによって生活を維持している労働者であって、本案判決の確定を待っていては、その生活上著しい支障を蒙り、回復しがたい損害を受けるおそれがある。
よって本申請に及んだ。
≪以下事実省略≫
理由
一、申請の理由(一)記載の事実、被申請人が申請人に対し、昭和四一年一月一〇日予告手当として申請人の三〇日分の平均賃金支払の提供をして解雇(諭旨解雇)の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
二、そこで右解雇の意思表示の効力について判断する。
(一) 解雇理由の存否について
(1) 勤務状態について
≪証拠省略≫を総合すると、申請人の昭和三七年三月一七日入社以来の遅刻回数、遅刻時間合計は、昭和三七年三月一七日から同年一一月一五日間に四八回、七〇一分、同年一一月一六日から同三八年五月三一日間に二八回、八三五分、同年六月一日より同年一一月三〇日間に一六回、九三三分、同年一二月一日から同三九年三月三一日間に二〇回、一、三二八分、同年四月一日から同年九月三〇日間に一八回、九七七分、同年一〇月一日から同四〇年三月三一日間に一六回、一、〇〇八分、同年四月一日から同年九月三〇日間に三一回、二九八一分、同年一〇月一日から同四一年一月一〇日間に二二回、九〇三分と東京営業所において他に比べる者がない程の遅刻者であり、上司から再三注意されたが前記のように遅刻回数、時間数ともに減少しなかったことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(2) 勤務内容について
≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が認められ、申請人本人尋問の結果中これに反する部分は採用できない。
(イ) 申請人は昭和三九年七月一日から同四〇年七月末日まで国鉄関係の営業を担当していたところ、同四〇年二月頃、国鉄本社資材局からの高圧ポンプの受註に際し、申請人は当時入社以来相当の年数が終っていたから、通常の営業担当者であれば、研究してポンプの性能等商品の知識を豊富にもっているべきなのに、研究不足のためこれに欠け、そのため資材局に対して右ポンプが特殊なものであるのに普通ポンプであるかのように説明して、誤解をまねき、同局およびポンプメーカーから厳重な注意を受け、そのため安い価格で売渡すことを余儀なくされた。
またその頃東京鉄道管理局電気部から申請人の上司に対して申請人の勤務が不熱心であるとの苦情がなされた。
(ロ) 同四〇年八月一日から地方自治体の水道工事担当に配置換になったところ、被申請人は従来東京都調布市役所水道部の上水道さく井工事の指名を受けていたが、同年一〇月、一一月の二回にわたり右指名をはずされる事態が発生した。右指名関係は申請人の担当であったところ、平素係員と接触を密にしておれば、指名を外されることはないのであって、右の事態は申請人がこれを怠ったため生じた。
(ハ) 昭和四〇年一一月申請人は佐倉市のさく井工事の入札に赴くことになったところ、入札日の前日までに入札価格が決らなかったため、営業部山岸次長は申請人に、入札日の朝、七時三〇分頃に山岸の自宅に電話連絡するよう指示したが、申請人は山岸の自宅電話番号を失念したため、連絡することができず、午前九時頃、本社に電話し、秋山営業課員から入札価格を聞き、ようやく知ることができた。右入札については、現場で当初予定されていたさく井工事にポンプ敷設工事が追加されて工事仕様変更があったところ、右変更は仕様変更価格が予定価格の四〇%以上になる大きなものであるから申請人のような平社員が独断で入札することができないにも拘らず、申請人は右変更について本社に連絡せず追加工事を無断で一〇〇万と評価して、予定工事と合計して二五〇万円で入札した。そして、申請人は当時右の件について上司から厳重な注意を受けたが、別段自分の行為について反省する気配を示さなかった。
(3) ≪証拠省略≫によると、被申請人の就業規則第五五条、第五八条第二号には「勤務状態著しく不良にして改悛の見込ないとき」は懲戒解雇または三〇日分の平均賃金を支給して諭旨解雇(懲戒処分の一種)等する旨規定されていることが一応認められるところ、前述した疎明事実からすると申請人は就業規則の右解雇事由に該当するといわざるを得ない。そして、≪証拠省略≫によると、被申請人内部では前記佐倉市入札の件を契機として申請人の進退が問題となり、同四〇年一二月五日頃、同月限りで退職するよう勧告したところ、申請人が拒否したため、前述のため諭旨解雇の手続がとられるに至ったことが一応認められる。
(二) 解雇無効理由の存否について
(1) 解雇権の濫用について
申請人にその主張するところのほかに、解雇理由があることは前述したところであって、他に、権利濫用と認めうる特別の事情も認められないから、本件解雇の意思表示は解雇権の濫用であり無効である旨の同人の主張は採用できない。
(2) 不当労働行為について
申請人は本件解雇の意思表示は、申請人が被申請人東京営業所における組合結成および加入活動を嫌悪してなしたもので不当労働行為にあたり無効のものであると主張する。
東京営業所に役付者をのぞく従業員により三話会という親睦会があり、被申請人川口工場に昭和三九年一〇月三日総評全国金属労働組合埼玉地方本部三協支部として労働組合が結成されたことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫を総合すると三話会は同三八年六月結成され、親睦会であるが、労働条件の改善について東京営業所の上司と交渉し、残業手当、交通費、出張費、有給休暇などについて改善がなされたことがあったところ、同三九年四月頃、従来、同会の世話人であった従業員が主任に任命されたため、その活動が不活溌となり、同年九月申請人が世話人(四人)の一人に選ばれたが、その後も上司と別段これといった交渉等は行われず、同四〇年二月従業員の生活白書を作成した程度の活動しかしなかったこと。申請人は前記川口工場の組合の結成準備の会合に出席し、右結成後三話会で右組合に加入の是非が話題となった際、組合に加入すべきである旨の発言をしたが、反対の議論も多くて、結論が出ないで終ったことが一応認められ、≪証拠省略≫によると、同四〇年三月制定され申請人が世話人として原案を作成した三話会規約の中には「民主的権利を守る」など前記のような親睦会としては多少大げさな文言の規定が設けられていることが一応認められるが、このことから直ちに三話会の性格が変更したと推認することは無理であり、右制定後も同会が特殊の活動をしなかったことは前述のとおりである。
申請人は「申請人が昭和三八年頃から現場労働者に組合結成のための活動をなし、被申請人がこれに抑圧を加えた」と主張するが、この点については前掲高木証言および尋問の結果以外に疎明資料がなく、右証言は全くの伝聞であり、右尋問の結果も関係証拠に照らすとたやすく信用できず、申請人が前述したように川口工場の組合の結成の会合に出席し、また、三話会の席上組合加入を主張した事実を被申請人が知っていたとの疎明はない。
以上からすると、前記認定の事実だけでは、いまだ被申請人が申請人の組合結成または加入のための行動を嫌悪して本件解雇をしたとは到底認めることができず、申請人の不当労働行為の主張も採用しがたい。
(三) 結論
以上認定したところからすると、申請人には就業規則に定める懲戒処分として諭旨解雇の事由である「勤務成績著しく不良にして改悛の見込がないとき」の条項に該当している以上本件解雇の意思表示は有効であり、したがって申請人と被申請人の間の労働契約は、解雇の意思表示がなされた昭和四一年一月一〇日限り終了したというべきである。
三、よって、申請人の本件仮処分申請はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 宮崎啓一 大川勇)
<以下省略>